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   <title>リトルジョウカーの日記</title>
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   <title> ドイツ</title>
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   <published>2009-12-10T16:19:30Z</published>
   <updated>2009-12-10T16:20:23Z</updated>
   
   <summary>西ドイツ  西ドイツ（ドイツ連邦共和国）では第二次世界大戦後に徴兵制が廃止されて...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[西ドイツ 
西ドイツ（ドイツ連邦共和国）では第二次世界大戦後に徴兵制が廃止されていたが、冷戦構造が深刻化する中で1968年に徴兵制度が復活した。ドイツ連邦共和国基本法で満18歳以上[32]の男性に兵役の義務が定められた。ただし基本法（憲法）の中に良心的兵役拒否権が明文規定で保障されている。
東ドイツ 
東ドイツ（ドイツ民主共和国）では、ベルリンの壁が構築された5ヶ月後の1962年1月に徴兵制が施行された。その際に兵役拒否者が続出した。兵役拒否者は逮捕され拘禁刑を受けるにもかかわらず2年で1,550名に及び、政府は対応を迫られた。教会は若者を支援し、良心的兵役拒否権を認めるよう政府に働きかけた。西ドイツではすでに良心的兵役拒否が、基本法に権利として保障されていた事情もあり、この点で東ドイツも政権の民主性を国際社会にアピールする必要があったため、1964年6月に「建設部隊」が人民軍内に設置された。この制度は、国家が兵役拒否する「反社会主義的」「反国家的」な若者も人民軍の中に取り込んでしまおうとしたものである。東ドイツは国家による諸組織に国民を組み込もうという包括的な社会統合政策が採用されており、建設部隊もその一環であった。武器を持たない新部隊は、当初「労働大隊」と名付けられたが、公文書に手書きで「労働大隊」を消して「建設部隊」と書き直された。「労働大隊」はナチス政権の懲罰組織を想起させるが、「建設」には前向きな響きがある。またこれまで存在しない新しい名前であったため、市民から偏見なく受け入れられた。しかし建設部隊の生活は厳しく、日常的になされる上官からの誹謗、嫌がらせ、軍事施設での任務、良心の自由が権利として認められない状況、除隊後の教育・就職差別があり、さらには建設兵士をも拒否すると法を犯すことになる。そこで建設兵士らは除隊後、建設部隊に入ることさえ拒んだ人と平和活動を始めた。
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統合後のドイツ 
東西ドイツの統合後、兵役期間は次第に短縮され、2002年1月からは9ヶ月間と短くなっており良心的兵役拒否も基本法において明文化されている。兵役拒否者は兵役に代わって、老人介護施設での介護作業に従事などの社会福祉事業や環境保護活動、消防活動などに通常の兵役期間より長い期間奉仕することが求められていたが、2004年10月からは兵役期間と同じ9ヶ月間とされた。これらの義務は25歳までに果たす必要があるとされている。]]>
      
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   <title>門前町の琴平町には</title>
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   <published>2009-11-29T16:58:45Z</published>
   <updated>2009-11-29T16:59:41Z</updated>
   
   <summary>門前町の琴平町には多くの土産物屋が並ぶ。参道は江戸時代には金毘羅街道と呼ばれ多く...</summary>
   <author>
      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[門前町の琴平町には多くの土産物屋が並ぶ。参道は江戸時代には金毘羅街道と呼ばれ多くの燈篭が備えられ、丸亀や多度津の港は参道口として栄えた。
鼓楼（ころう） 
参道途中の大門傍にあり、中にある時太鼓は今も朝夕に打ち鳴らされる。 
旧金毘羅大芝居（重要文化財） 
金丸座とも呼ばれ、天保7年（1836年）参道近くに建てられた、現存する日本最古の芝居小屋で、今も毎年春に「四国こんぴら歌舞伎大芝居」として歌舞伎が公演される。 
鞘橋（登録有形文化財） 
門前の金倉川に架かる橋。銅葺唐破風の屋根がかかるアーチ式の木造橋で、刀の鞘の様に反った形から鞘橋と呼ばれる。洪水で何度も架け替えられ、現在の橋は明治2年（1869年）に阿波国鞘橋講中により寄進された。例大祭の時のみ用いられる。 
高燈篭 
琴電琴平駅の隣に建つ。 
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金毘羅講燈篭 
江戸時代に江戸の商人が寄進した燈篭で、香川県丸亀市の港に一基が現存し、寄進者の名を冠し太助燈篭（たすけどうろう）と呼ばれている。 
金陵の郷 
琴平の酒蔵である金陵が参道に面し設けた日本酒の資料館で、江戸時代の酒造りに用られた道具などを見ることができる。 
牛屋口（うしやぐち） 
金刀比羅宮の南の入口。象頭山南側にあり、鳥居や燈篭などがある。 
土佐・伊予と讃岐をつなぐ主要街道であった金毘羅街道（旧伊予土佐街道）は、幕末には坂本龍馬、中岡慎太郎などの脱藩者、また高杉晋作などが、往来する際にこの道を使ったといわれる。そのため、この牛屋口には観光用として設置された坂本龍馬像がある。併設の「峠の茶屋」（藁葺き小屋）は現在使用されていない。また牛屋口付近からは、改修工事のために整備された道路（管理者も駐在し一般者は通行不可）があり、本宮や絵馬殿付近まで続いている。 ]]>
      
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   <title>日本の食人風習については</title>
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   <published>2009-11-25T17:17:18Z</published>
   <updated>2009-11-25T17:18:16Z</updated>
   
   <summary>日本の食人風習については、田中香涯「我国に於ける食人の風習」、南方熊楠「日本の記...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[日本の食人風習については、田中香涯「我国に於ける食人の風習」、南方熊楠「日本の記録に見る食人の形跡」などの論考に詳しい。日本には綏靖天皇が七人の人を喰ったという故事(『神道集』)をはじめとして、伝説の酒呑童子説話中の源頼光一行や、安達原の鬼婆の家に立ち寄った旅人等、説話にカニバリズムが散見され一種のホラーとしても利用されている。「遠野物語拾遺」第二九六話と第二九九話には、遠野町で5月5日に薄餅（すすきもち）を、7月7日に筋太の素麺を食べる習慣の由来として、死んだ愛妻の肉と筋を食べた男の話が記録されている。また、中国のカニバリズムにある割股の話は、日本にも中国ほどではないが類話が見える(『明良綱範』)。『信長公記』によると、戦国時代に鳥取城が兵糧攻めに遭い、城の兵たちは草木や牛馬を食べ尽くした末、痩せ衰えた人間を銃殺して食い争ったとある[5]。江戸の獄門で処刑された死体で日本刀の試し切りを職とした山田浅右衛門が死体から採取した肝臓を軒先に吊るして乾燥し、薬として販売したとされる。随筆『新著聞集』では、元禄年間に増上寺の僧が葬儀にあたって死者の剃髪をした際、誤って頭皮をわずかに削り、過ちを隠すためにそれを自分の口に含んだところ、非常に美味に感じられ、以来、頻繁に墓地に出かけては墓を掘り起こして死肉を貪り食ったという話等が残されている。

確実な記録には江戸四大飢饉の時に人肉を食べたというものがある。また天明の大飢饉の際には1784年(天明四年)弘前で人食いがあったと橘南渓が『東遊記』で述べている[6]。 明治以降は、1870(明治03)年04月15日付けで、明治政府が人肝、霊天蓋(脳髄)、陰茎などの密売を厳禁する弁官布告を行っている(『人喰いの民俗学』)。作家の長谷川時雨は明治中期の話しとして「肺病には死人の水ー火葬した人の、骨壺の底にたまった水を飲ませるといいんだが…これは脳みその焼いたのだよ」と、「霊薬」の包みを見せられて真っ青になった体験を記している。
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また、太平洋戦争中に起こった、難破し真冬の知床岬に食料もない極限状態に置かれた船長が起こした人肉食事件（通称ひかりごけ事件）は日本中を揺るがす大問題に発展した。 太平洋戦線の島嶼等（インパール・ニューギニア・フィリピン・ガダルカナル等）でも、補給の途絶に伴って大規模な飢餓が発生し、しばしば死者の肉を食べる事態が発生した。1944年12月にニューギニア戦線の日本軍第十八軍は「友軍兵の屍肉を食す事を罰する」と布告し、これに反して餓死者を食べた4名が銃殺されたという。]]>
      
   </content>
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   <title>制度的差別は解消されている</title>
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   <published>2009-11-12T05:26:43Z</published>
   <updated>2009-11-12T05:27:35Z</updated>
   
   <summary>現在では、制度的差別(形式的差別）は解消されている。しかし、まだまだ有色人種への...</summary>
   <author>
      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[現在では、制度的差別(形式的差別）は解消されている。しかし、まだまだ有色人種への偏見（心理的差別）は残っており、20世紀末には、アジア人移民を拒否し白豪主義に戻ろうとする極右政党「ONE NATION」が台頭するなど、ドイツのネオナチに似た問題も発生している。2005年には、シドニー郊外のクロナラ・ビーチに5000人を超える白人が集まり、暴徒化した白人集団による中東系移民への無差別襲撃が発生した（シドニー人種暴動）。またスーダン人の難民に対して受け入れ拒否し、なんと政府もアフリカ人の移民を受け入れないという決定も下した。

またガイドブックなどに、アジア系や黒人の旅行者（バックパッカー等）に対しては、差別的な犯罪に巻き込まれないよう留意する必要性が記載されている。
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2008年に、オーストラリアの大学がオーストラリア人1万2500人を対象に人種差別について10年かけて調査した結果を発表した。それによると、回答者の46%は特定の民族はオーストラリアにふさわしくないと回答。特にイスラーム教徒や黒人、アボリジニ、東南アジア諸国民、メラネシア人に対する差別意識が根強いとされる。また、およそ10%が異民族間結婚は認められず、同じく10%が自分たちよりも劣る民族がいると回答しており、未だに一部で白豪主義・白人至上主義的な人種差別意識が残っている。

また、捕鯨問題に絡み、日本人（あるいは日本の捕鯨文化）に対して、否定的な感情や人種偏見を持っているとされる。]]>
      
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   <title>冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hastey.yfjjai.biz/2009/10/post_45.html" />
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   <published>2009-10-30T17:18:44Z</published>
   <updated>2009-10-30T17:42:29Z</updated>
   
   <summary>冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが、野菜室やドアポケットは、野菜くずなどが元で...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが、野菜室やドアポケットは、野菜くずなどが元で細菌が繁殖し、食中毒の原因となる場合がある。そのため、こまめな清掃を行うことが望ましい。

清掃の際には、水拭きを行った後に消毒用エタノールを使用し除菌することが望ましい。水拭きのみだと、かえって細菌の繁殖を手助けしてしまうためである。

また、野菜くずやシラスといった細かな食品などが庫内に蓄積すると不衛生なばかりではなく、やがてそれらが蓄積していくと最悪の場合、エバポレーター下部に位置するドレンを塞いでしまうことがある。そのことにより、霜取（しもとり）動作にはいった場合に、エバポレーター上の露の行き場がなくなり、庫内・庫外に大量の水漏れが発生させてしまう場合がある。特に、本体の設置が少しでも後方に傾けて設置している場合は、漏れた水は本体後部で発生することになるため、水漏れになかなか気付くことができないため、床面が腐りきってから初めて気がつくケースもある。
<a href='http://anigy.cdkzfk.net/'>飴色の部屋</a>
<a href='http://ugpx.iksuzh.com/'>王子のコンピュータ入門</a>
<a href='http://twscmb.pptayh.biz/'>花いちもんめ</a>
<a href='http://wckck.eisgbm.biz/'>楽しい暮らしライフ情報サイト</a>
<a href='http://ryeed.hnfpbw.info/'>丘を越えて</a>
<a href='http://wcrs.jjnihs.com/'>空っぽの世界</a>
<a href='http://pffc.uidtjg.net/'>幸せビーム！</a>
<a href='http://gyzkjh.ssatyg.org/'>雑学物知り日記</a>
<a href='http://pzga.mekxmu.info/'>主婦の気ままな案内</a>
<a href='http://titjc.jwzpjs.org/'>将棋王国</a>
<a href='http://inuh.txntrk.biz/'>心優の触らぬ神に祟りなし</a>
<a href='http://hcxx.sfmfza.net/'>星空カーニバル</a>
<a href='http://ketyuz.ftzyjk.info/'>雪のプリンセス</a>
<a href='http://bbihdr.wbjkfp.com/'>大空の千客万来</a>
<a href='http://ejapw.kndiek.biz/'>天下のかかぁITニーズ</a>
<a href='http://dfin.fmueph.net/'>二者択一の遥稀</a>
<a href='http://rxew.gmakyc.biz/'>美桜の美学</a>
<a href='http://iyafz.xfueuu.info/'>北風カンタロウ地域発見</a>
<a href='http://dfwid.dytfpf.org/'>唯斗のひみつ</a>
<a href='http://efwsf.jhpkpw.net/'>陽向のおもちゃ</a>

冷やすことによって著しく食材の保存が可能になる冷蔵庫であるが、食材の中にはかえって常温保存の方が適しているものもある。ただし、一旦切り口をつけたものや調理したものに関してはその限りではない。
タマネギ、ニンジン、カボチャ、大根、ゴボウ:常温保存が可能、あえて入れる必要はない。特にタマネギやカボチャは出荷前に一旦常温で保管されている。 
イモ類（ジャガイモ、サツマイモ等）:澱粉質の変化により却って不味くなる。]]>
      
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   <title>冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが</title>
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   <published>2009-10-30T17:18:44Z</published>
   <updated>2009-10-30T17:43:44Z</updated>
   
   <summary>冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが、野菜室やドアポケットは、野菜くずなどが元で...</summary>
   <author>
      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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      <![CDATA[冷蔵庫は食品の腐敗防止を目的とするが、野菜室やドアポケットは、野菜くずなどが元で細菌が繁殖し、食中毒の原因となる場合がある。そのため、こまめな清掃を行うことが望ましい。

清掃の際には、水拭きを行った後に消毒用エタノールを使用し除菌することが望ましい。水拭きのみだと、かえって細菌の繁殖を手助けしてしまうためである。

また、野菜くずやシラスといった細かな食品などが庫内に蓄積すると不衛生なばかりではなく、やがてそれらが蓄積していくと最悪の場合、エバポレーター下部に位置するドレンを塞いでしまうことがある。そのことにより、霜取（しもとり）動作にはいった場合に、エバポレーター上の露の行き場がなくなり、庫内・庫外に大量の水漏れが発生させてしまう場合がある。特に、本体の設置が少しでも後方に傾けて設置している場合は、漏れた水は本体後部で発生することになるため、水漏れになかなか気付くことができないため、床面が腐りきってから初めて気がつくケースもある。
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冷やすことによって著しく食材の保存が可能になる冷蔵庫であるが、食材の中にはかえって常温保存の方が適しているものもある。ただし、一旦切り口をつけたものや調理したものに関してはその限りではない。
タマネギ、ニンジン、カボチャ、大根、ゴボウ:常温保存が可能、あえて入れる必要はない。特にタマネギやカボチャは出荷前に一旦常温で保管されている。 
イモ類（ジャガイモ、サツマイモ等）:澱粉質の変化により却って不味くなる。]]>
      
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   <title>江戸時代に虚無僧が吹いた本曲は</title>
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   <published>2009-10-19T17:23:06Z</published>
   <updated>2009-10-19T17:25:00Z</updated>
   
   <summary>江戸時代に虚無僧が吹いた本曲は、琴古流本曲をふくめ、150曲あまりが伝承されてい...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[江戸時代に虚無僧が吹いた本曲は、琴古流本曲をふくめ、150曲あまりが伝承されている。これらは宗教音楽として成立し、作者、作曲年代ともに基本的に不詳である。弘前の根笹派錦風流、浜松の普大寺の流れをくむ名古屋の西園流、京都の明暗寺の明暗真法流と明暗対山流、博多一朝軒、越後明暗寺、東北地方の布袋軒、松巖軒などの伝承である。

これらの本曲は、托鉢のため諸国を往来した虚無僧により伝播された。全国の寺院で伝承される本曲には同名異曲が多くある。『鈴慕』『三谷』『鶴の巣籠』などは本曲の代表的な曲名であるが、曲によっては10種類以上の旋律の異なるものが伝承されている。
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宗教音楽としての本曲は、各地の本曲を収集した黒沢琴古の琴古流本曲、西園流を学び明治期に明暗対山流を興し、明暗教会の再興に尽力した樋口対山（1856年 - 1915年）の系統をはじめ、各地において明治維新後も伝承されたものが現代においても血脈を保っている。

琴古流本曲は、琴古流の始祖である初代黒沢琴古が日本各地の虚無僧寺に伝わる楽曲をまとめ、本曲として制定した36曲である。吹合所の指南役であった初代琴古は、これらの曲の譜字のや習曲順の整理を行い、宗教音楽をはなれた琴古流の基礎を築いた。]]>
      
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   <title>電荷を持たない中性の原子あるいは分子が</title>
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   <published>2009-06-19T22:57:37Z</published>
   <updated>2009-06-19T22:58:32Z</updated>
   
   <summary>電荷を持たない中性の原子あるいは分子が、主としてファンデルワールス力で凝集してい...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[電荷を持たない中性の原子あるいは分子が、主としてファンデルワールス力で凝集している力を、化学結合の区分の1つとしてファンデルワールス結合と呼ぶ。永久双極子（双極子モーメント）を持つハロゲン化アルキルなど電荷的には中性であるが定常的に分極している物質の凝集も、必ずしも典型的なファンデルワールス力ではないが、ファンデルワールス結合の範疇に含める。それ故、ファンデルワールス結合の元になる分子間力という意味で、広義のファンデルワールス力が定義されることが多い。
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理論的な（つまり狭義の）ファンデルワールス力は分子間に働く分散力で定義され、等方向性で原子間距離の6乗に反比例する力である。レナード・ジョーンズ型ポテンシャルの長距離方向のポテンシャルが6乗で増加するのは、このファンデルワールス力を表すためである。しかし、現実の分子は理論の想定する球体ではなくそれぞれ固有の構造をとるので、現実のファンデルワールス力も異方性を示す。すなわち分子の近傍においては分子の形状に応じて、つまりどの部分かあるいは方向によって、ファンデルワールス力の強弱が現れる。異方性が存在すると、結晶格子に配置する際に安定な状態が複数取りうるので、ファンデルワールス力の異方性は結晶多形の要因の一つとなる。

 ファンデルワールス錯体 [編集]
ファンデルワールス結合により形成された集合体は、ファンデルワールス錯体（ファンデルワールスさくたい、van der Waals complex）あるいはファンデルワールスクラスターと呼ばれる。ファンデルワールス錯体は、多数の分子で構成されるファンデルワールス結晶より、簡単なモデルで説明できるこのことから、ファンデルワールス結晶を理解するためのプロトタイプとして、多くの研究の対象となっている。

 疎水結合 [編集]
高分子化合物や分子クラスターにおいては、個々の原子のファンデルワールス結合は小さくても、分子量が膨大な為に結合エネルギーのうちファンデルワールス結合の占める部分が大きく、かつ支配的になる。その結果、水素結合やイオン結合など、他の結合の化学ポテンシャルと同じ影響力を持ち、疎水結合のような振舞いをとるようになる。すなわち、疎水結合にはファンデルワールス力が間接的に作用している。
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   <title>障害物に拠る投射兵器の運用</title>
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   <published>2009-06-02T00:47:59Z</published>
   <updated>2009-06-02T00:51:49Z</updated>
   
   <summary>装填その他に伴う初期銃の弱点を補う為に障壁･城壁･障害物あるいは特殊な地形等によ...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[装填その他に伴う初期銃の弱点を補う為に障壁･城壁･障害物あるいは特殊な地形等によって防御された場所から、機動してくる野戦軍を射撃しようという試みは早くから行われている。

最も著名な例は1503年第一次イタリア戦役中、スペイン軍人ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバが行った戦法で、急造の堀とその残土を利用した土手に拠った二千名と推定されるアルケブス銃兵を指揮して、押し寄せたフランス重騎兵団を粉砕し、スペインの覇権確立の重要な要因となった戦いがある。続いて第二次イタリア戦役においても、1522年同じくスペイン軍の傭兵隊長コロンナがミラノ郊外ビコッカにおいて、地形と急造塁壁を利用したアルケブスの反復射撃戦法で、押し寄せたスイス槍兵集団を粉砕している。ちなみに種子島に火縄銃が伝来したとされるのはこの20年後の事である。最も古い例としてドイツで発生したフス戦争（1419 - 1436年）において、フス派信徒が円陣配置した荷車を防壁にしてハンドガンで射撃するという戦法を採ったとされている。
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何れの戦いにおいても交替に射撃したとは言われているが、号令方式などによる統制交替射撃が行われたとする根拠はない。これら一連の戦いに共通する要素は

比較的格闘戦能力に劣る部隊もしくは少数部隊が、 
自然もしくは人工の障害と飛び道具を利用して防戦態勢をとり、 
押し寄せる強力な伝統的野戦軍を破った。 
がある。　

この原型は中世から近世初期にかけての軍事知識として、英仏百年戦争におけるクレシーの戦い（1346年）が著名である。この戦いは火砲の使用が初めて記録された戦いとしても有名であり、また馬防柵を急造設置したらしい痕跡が現在発掘調査で明らかになりつつあると言われているが、火砲は使用されたとしても極少数であり、使用の事実及び効果に付いてはまだ今後の研究を待つ所が大きい。しかしながら、この戦いは丘陵地形を利用した弓兵集団の集中射撃によって、これまで無敵とされた重武装騎士の集団突撃を阻止粉砕するという戦果を残した。さらに同戦争末期、アジャンクールの戦い（1415年）において、全く同様な事が繰り返された。この時には火砲の使用に記録はないが、馬防用の先端のとがった杭の携行については、英国王ヘンリー5世の命令が記録されている。これも弓兵集団と騎士団の戦闘で騎士団が全滅した戦いの例である。

これらの知識が新しく登場した特長と弱点を併せ持つ鉄砲の運用に応用された成功したのは、まず間違いはないであろう。日本において、信長周辺にこれらヨーロッパ軍事知識がどのように伝わっており、長篠の戦闘などに応用されたという可能性は興味深く、今後の研究が待たれる。

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   <title>檀君朝鮮</title>
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   <published>2009-04-30T00:15:45Z</published>
   <updated>2009-04-30T00:17:11Z</updated>
   
   <summary>檀君朝鮮（だんくんちょうせん）は、檀君王倹が紀元前2333年に開いたとされる伝説...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[檀君朝鮮（だんくんちょうせん）は、檀君王倹が紀元前2333年に開いたとされる伝説の国の名前。

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高麗時代の一然著『三国遺事』（1280年代成立）に魏書からの引用として見えるのが文献上の初出である。ただし、陳寿の『三国志』や魏収の『北魏書』など、現存する魏書には該当する記述がない。また『三国遺事』以前の古書・古記録によっても実在を立証できないため、檀君神話を自国の民族主義史観の拠り所としている韓国・北朝鮮を除いては歴史的存在と見なされていない。なお、偽書とされる『桓檀古記』、『揆園史話』には『三国遺事』とは異なる記述がなされている。
『三国遺事』が引用する「朝鮮古記」によれば、桓因（かんいん、환인、ファンインないしファニン。桓因は帝釈天の別名である）の庶子である桓雄（かんゆう、환웅、ファンウンないしファヌン）が人間界に興味を持ったため、桓因は桓雄に天符印を3つ与え、桓雄は太伯山（現在の白頭山または妙香山）の頂きの神檀樹の下に風伯、雨師、雲師ら3000人の部下とともに降り、そこに神市という国をおこし、人間の地を360年余り治めた。

その時に、ある一つの穴に共に棲んでいた一頭の虎と熊が人間になりたいと訴えたので、桓雄は、ヨモギ一握りと蒜（ニンニク、ただしニンニクが半島に導入されたのは歴史時代と考えられるのでノビルの間違いの可能性もある）20個をあたえ、これを食べて100日の間、太陽の光を見なければ人間になれるだろうと言った。

虎は途中で投げ出し人間になれなかったが、熊は21日目に女の姿「熊女」（ゆうじょ、웅녀、ウンニョ）になった。しかし、配偶者となる夫が見つからないので、再び桓雄に頼み、桓雄は人の姿に身を変えてこれと結婚し、一子を儲けた。これが檀君王倹（壇君とも記す）である。

檀君は、堯（ぎょう）帝が即位した50年後に平壌城に遷都し朝鮮（조선）と号した。以後1500年間朝鮮を統治したが、周の武王が朝鮮の地に殷の王族である箕子を封じたので、檀君は山に隠れて山の神になった。1908歳で亡くなったという。


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   <title>カルロス3世 (スペイン王)</title>
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   <published>2009-04-14T23:45:00Z</published>
   <updated>2009-04-14T23:46:10Z</updated>
   
   <summary>カルロス3世（Carlos III, 1716年1月20日 - 1788年12月...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[カルロス3世（Carlos III, 1716年1月20日 - 1788年12月14日）はナポリ王カルロ7世・シチリア王カルロ5世（在位：1735年 - 1759年）、ボルボーン（ブルボン）朝のスペイン王（在位：1759年 - 1788年）。スペインの啓蒙専制君主とされる。

ボルボーン・スペインのフェリペ5世とその2番目の妻パルマ公女エリザベッタ・ファルネーゼの子として生まれる。フェリペ5世には先妻の子フェルナンド6世があった。このため母の尽力により16歳でパルマ公となる。

ポーランド継承戦争（1733年 - 1735年）が起こると、フランス王ルイ15世の支援を受け、兵を集めて1734年、オーストリア領シチリアとナポリを占領した。南イタリアは13世紀から代々スペイン領であったが、先のスペイン継承戦争（1701年 - 1713年）でオーストリアに奪われた土地であった。

若くして軍事的に成功を収めたとはいえ、軍事はさほど好まなかったといわれる。1735年ナポリ王、シチリア王に即位してカルロ5世、カルロ7世となる。当時、ナポリとシチリアは別々の王国として扱われたが、実質的にはこの時両シチリア王国が成立したといえる。1759年、異母兄フェルナンド6世の死去によりスペイン王即位のため、ナポリとシチリアの王位を三男のフェルナンドに譲る。ナポリ王フェルディナンド4世、シチリア王フェルディナンド3世である。

スペイン王即位後、七年戦争ではブルボン家同士の家族協約を結んでフランスと同盟したが、北米のフロリダをイギリスに奪われた。後にフランスから代償としてルイジアナを割譲される。アメリカ独立戦争が起こると、再びフランスに加担してイギリスに宣戦し、フロリダとミノルカ島をイギリスから奪回した。国内的には啓蒙君主としてカトリック教会の勢力を抑制し、穀物貿易の自由化を図ったが、パン価格の高騰によりパン暴動が頻発した。

君主としてそれほど優れた素質ではなかったが、性格には誠実さがあり、大臣の選択には賢明であった。啓蒙君主としてスペインの国力をある程度回復させた。国力の低下により荒廃していたマドリードを再開発、プラド通りやシベレスの噴水など現在にも残る近代的街並みを整備したことはその好例である。気晴らしに狩りを好んで僅かな供を連れて山野を歩き、身なりの良い人に出会うと帽子を取って挨拶し、低い身分の者にも軽く会釈をしたといわれる。

 もう1人のカルロス3世 [編集]
フェリペ5世のスペイン王位継承を巡って勃発したスペイン継承戦争の際、オーストリア・ハプスブルク家のカール大公（後の神聖ローマ皇帝カール6世）が一時「スペイン王カルロス3世」を称していた。

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   <title>武藏山武</title>
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   <published>2009-03-31T00:52:03Z</published>
   <updated>2009-03-31T00:53:09Z</updated>
   
   <summary>武藏山 武（むさしやま たけし、1909年12月5日 - 1969年3月15日）...</summary>
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      <![CDATA[武藏山 武（むさしやま たけし、1909年12月5日 - 1969年3月15日）は、神奈川県横浜市港北区出身の大相撲の第33代横綱。本名横山 武。身長185cm、体重116kg。
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 来歴 [編集]
神奈川県橘樹郡日吉村の農家に生まれる。幼少のころから体が大きく、身長は15歳の時すでに182cmにまでなっていた。土地相撲に出ては賞金をもらい、貧しい家計を助けていた。荷車を引いた子牛が坂道を上がれないでいるのを見て、自分が代わりに荷車を引いて坂を上ったという逸話がある。

その評判を聞きつけた両國勇治郎のスカウトで、1926年（大正15年）1月場所で出羽海部屋から初土俵を踏む。四股名は本人は玉川を考えていたが常陸山や栃木山にならい武藏山となった。

力が強く特にその右腕の強さは有名だった。若い頃から将来を期待され、その昇進のスピードは飛行機に喩えられた。入幕、新十両、新三役など、すべて当時の最年少記録で、年少記録が話題になった最初の力士でもある。また当時のアメリカの映画スターゲイリー・クーパーにも喩えられた近代的な容貌と筋肉質の体型のために人気も上々で彼を題材にした応援歌まで作られ、特に朝潮（後の男女ノ川）との取組は両国国技館を18年ぶりに満員札止めにした（1930年（昭和5年）1月場所千秋楽）ほどの熱狂を呼んだ。1930年5月場所に小結に昇進し、関脇の天竜とは激しい大関争いがあった。ところが当時大関の玉錦が強力な壁となり大事なところではいつも玉錦に負けていた。1931年（昭和6年）3月場所など勝てば全勝優勝だったところで玉錦に負けて両者10勝1敗、上位優勝の制度により玉錦の優勝だった。

1931年5月場所その玉錦に初めて勝って10勝1敗で初優勝。結果としてはこれが最初で最後の幕内最高優勝になったが、当時はこれから何度も優勝を重ねるかと期待された。ところが翌10月場所では8日間を全勝だったが、9日目沖ツ海のぶちかましが右肘に命中、結局この日は負け翌日玉錦に不戦勝を与えて休場することになった。場所後、天竜と武藏山のどちらを大関にするかで協会幹部がもめる中で発表された1932年（昭和7年）1月場所の番付では、小結武藏山が関脇を飛び越して大関に昇進し、関脇天竜は据え置き、前場所負越の大関大ノ里が張出大関となった。この直後に春秋園事件が発生し、武藏山も当初は脱退組に賛同したがすぐに脱落、拳闘への転向が報道されたが間もなく協会復帰を表明、2月の改定番付で帰参した。

ところが沖ツ海のぶちかましで右肘が破壊され骨折と半脱臼の重症を患っていた。右腕の怪力を最大の武器として出世した武藏山にとってこれはあまりにも痛過ぎ、大関になってからは後遺症に苦しんで充分に相撲がとれず優勝争いに参加することもあまりなかった。医者を求め外国にまで行ったそうだがついに治らずかつての強さは戻らなかった。さらに春秋園事件の時の脱退後の動向等優柔不断な態度のために「裏切者」という批判を浴びたことや、春秋園事件そのものが大関昇進で武藏山に先を越された天竜の不満が原因であると噂されたことも、その土俵人生に暗い影を落した。それでも1935年（昭和10年）1月場所千秋楽には初の全勝優勝を狙う玉錦を阻み8勝2敗1分、次の5月場所では9勝2敗の成績で同場所後に第33代横綱に昇進した。

しかし横綱昇進後は前述の肘の故障が悪化、さらに胃酸過多症もあって休場してばかりで皆勤したのは1938年（昭和13年）5月場所のみ、それも千秋楽6勝6敗同士の横綱対決が行なわれるという悲惨なものだった。武藏山は勝って勝ち越しだからまだいいが負けた男女ノ川に至っては何と負け越しである。これがかつて両国を沸かせた両者の最後の対戦となった。結局優勝は小結時代の1回のみだったが肘の故障がなければもう少し活躍できたと思われる。

新入幕から横綱昇進までは一度も負け越したことがなく、幕内通算の勝率が7割を超えるのに対して、横綱時代の成績はちょうど5割、休場の多さもあって苦闘を物語る数字であり、まさに“悲劇の横綱”であった。

1939年（昭和14年）5月場所限りで引退し、年寄出来山、後に不知火を襲名したものの1945年（昭和20年）には角界を離れ、晩年は郷里で養鶏業や不動産業を経営した。息子も角界入りをしたが幕下止まりだった。

 主な成績 [編集]
幕内在位：28場所（横綱8場所、大関10場所、小結6場所） 
幕内通算成績：174勝69敗2分71休　勝率.716 
横綱通算成績：15勝15敗70休　勝率.500 
幕内最高優勝：1回（1931年5月場所）　 
金星：2個（いずれも宮城山） 
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   <title>紀伊山地の霊場と参詣道</title>
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   <published>2009-03-16T04:00:56Z</published>
   <updated>2009-03-16T04:02:30Z</updated>
   
   <summary>紀伊山地の霊場と参詣道（きいさんちのれいじょうとさんけいみち）は、和歌山県・奈良...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[紀伊山地の霊場と参詣道（きいさんちのれいじょうとさんけいみち）は、和歌山県・奈良県・三重県にまたがる3つの霊場と参詣道（熊野参詣道、大峯奥駈道、高野山町石道）を登録対象とする世界遺産（文化遺産）。2004年7月7日に登録された。

文化遺産 
記念工作物 
遺跡（文化的景観） 
<a href="http://pctdx.g9e2wa.net/">チング</a> <a href="http://aujbb.56t62h.org/">ハムナ</a> <a href="http://jjdhz.trn7dm.info/">タッセル</a> <a href="http://rjyhn.yfwaas.com/">オセア</a> <a href="http://mjbty.6b28ih.com/">おおやまと</a> <a href="http://ckjx.gufuww.org/">クーポ</a> <a href="http://cgexc.65j68m.org/">シカゴ</a> <a href="http://yytcu.5a42r9.com/">バリケード</a> <a href="http://zjccr.6kp9kp.info/">フィロ</a> <a href="http://retwk.iyz772.info/">スプリン</a> <a href="http://www.j93tgi.com/">スモーカー</a> <a href="http://ceg.aawfkp.com/">プロバ</a> <a href="http://xnrng.s3ixpe.org/">サーチドア</a> <a href="http://ckkx.b2cbnh.net/">シュメール</a> <a href="http://www.74jbyf.biz/">スティバル</a> <a href="http://ghjfb.ycmejs.com/">あっぱれ</a> <a href="http://mzyc.yd9feh.biz/">シャコ</a> <a href="http://cbwsg.hefzwn.org/">マリッジ</a> <a href="http://mrjdd.n4mt2c.org/">回転計</a> <a href="http://mtnzz.9zh37h.org/">モノレール</a> <a href="http://sfrs.dp875p.info/">トップア</a> <a href="http://nkbua.wtabtz.info/">ラテン</a> <a href="http://mytna.5kfm8s.info/">ブレキ</a> <a href="http://mdep.dgiats.org/">ティブ</a> <a href="http://sywmz.3j5yb3.biz/">ピナフ</a> <a href="http://zhsew.gbsyjh.biz/">システ</a> <a href="http://aacbm.495pes.info/">そうよう</a> <a href="http://tyzhw.6hsutc.org/">モビール</a> <a href="http://fhfkk.35t86s.org/">ラテアー</a> <a href="http://khuk.dze2mb.info/">チャレン</a> <a href="http://mgrrz.7h2mfe.net/">センター</a> <a href="http://auwde.axfcgu.org/">フライド</a> <a href="http://kwifw.6afbza.biz/">ビアフラ</a> <a href="http://rcctg.zi36i7.org/">フットウ</a> <a href="http://uhgwa.8g24g8.info/">ガニメデ</a> <a href="http://fbpez.9a8idt.com/">ブルー</a> <a href="http://mtszf.un4uah.info/">大根ダイ</a> <a href="http://xkudz.3cz96k.org/">トフロント</a> <a href="http://ubjx.ahzhhn.info/">びえい</a> <a href="http://mthme.i8u88h.org/">ネック</a> <a href="http://mtrei.bnp37w.net/">ひみつの扉</a> <a href="http://fsjp.rxhems.net/">ジーパン</a> <a href="http://xeumc.4fbmki.com/">ジェリ</a> <a href="http://nwrsa.2wjx38.org/">ゼソウ</a> <a href="http://atac.6sj6x7.info/">コスモス</a> <a href="http://hnpbr.yr326g.com/">しだれ梅</a> <a href="http://hjtrg.2ty52i.biz/">ひのみ</a> <a href="http://zdkmc.87265i.biz/">レッジ</a> <a href="http://rxbj.f46y6w.biz/">スリラ</a> <a href="http://pjas.arxmce.net/">トラウ</a> 

登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。

(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。 
(3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。 
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。 
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの（この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている）。 
具体的には、
(2) 紀伊山地の文化的景観を形成する記念碑と遺跡は神道と仏教のたぐいまれな融合であり、東アジアにおける宗教文化の交流と発展を例証する。
(3) 紀伊山地の神社と仏教寺院は、それらに関連する宗教儀式とともに、1000年以上にわたる日本の宗教文化の発展に関するひときわ優れた証拠性を有する。
(4) 紀伊山地は神社・寺院建築のたぐいまれな形式の創造の素地となり、それらは日本の紀伊山地以外の寺院・神社建築に重要な影響を与えた。
(6) と同時に、紀伊山地の遺跡と森林景観は、過去1200年以上にわたる聖山の持続的で並外れて記録に残されている伝統を反映している。

遺産
以下に登録資産の一覧を示す。登録資産のうち、「吉野・大峯」、「熊野三山（補陀洛山寺除く）」、「参詣道」の一部（大峯奥駈道および熊野参詣道の一部）は吉野熊野国立公園に含まれる。また、「高野山」、熊野参詣道の一部は高野龍神国定公園に含まれる
地権者との対立
三重県尾鷲市で遺産登録地域の地権者が抗議の意を込めて参道の樹木などに落書きをしており問題になっている。一般的ないたずらの落書きとは違い抗議が目的であるために強硬な措置は取られず話し合いにより解決する方向である。これは、地権者に対する事前説明がなされずに遺産登録されたため、地権者の職業である林業ができなくなったためである。

観光地化による影響
遺産本体部分やその緩衝地帯、さらには（世界遺産には含まれないが）その周辺地域での損壊が絶えない。特に、参詣道跡である熊野古道周辺でそれが著しい。また、世界遺産登録後、観光客の殺到によって一部の遺産では荒廃が進んでいるとの指摘もある。

関西電力の風力発電計画
2005年1月、関西電力は果無山脈に風力発電のための風車を建設する計画を発表した。果無山脈は遺産にも緩衝地帯にもあたらないが、熊野古道から容易に眺望しうるため景観に悪影響を与える恐れがある。また、果無山脈それ自体が近隣の河川（熊野川、日置川、富田川、日高川）の分水嶺となっており、工事による河川への悪影響が懸念されている。

古道の「整備」
中辺路・大辺路を中心に2002年頃から数度にわたり、地元自治体の公共事業（古道の整備を目的とする）、古道とその周辺での植生の刈り払いが何度か行われたが、景観の悪化や、貴重な照葉樹林の損失など、むしろ弊害が大きく批判の対象となっている。加えて、いくつかの事例には和歌山県が関与している他、国の緊急地域雇用創出特別基金事業の下で行われた県の公共事業「緑の雇用事業」の一環であるものもあるなど、行政当局の遺産保護に対する姿勢や「縦割り」の弊害を問う声があがっている。

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   <title>変形車種：ゼネラルモーターズ （GM）</title>
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   <published>2009-03-01T02:10:18Z</published>
   <updated>2009-03-01T02:12:02Z</updated>
   
   <summary>オプティマスの副官。陽気な性格で、常にクールかつスタイリッシュに振舞うことを信条...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hastey.yfjjai.biz/">
      <![CDATA[オプティマスの副官。陽気な性格で、常にクールかつスタイリッシュに振舞うことを信条とする。劇中のオートボットでは最も小柄で、ダンスの様な軽快な動きが特徴。原語では「My first lieutenant」（私の副官）とオプティマスに紹介されているが、日本語版の字幕や吹き替えでは「将軍・将校」と意訳されている。オートボット達はインターネットで地球の言語を学習したが、ジャズのみスラングを多用しており、ミカエラを「おネエちゃん（原語に至っては「bitch」）」呼ばわりするなど、少々下品な言い回しをする。 
玩具ではソードを所持していたが、劇中では右腕にクレッセントキャノンを装備。また、磁力線を発する能力も有する。戦闘ではバイザーを装着していた。 
ダンスの様な動きや独特の話し方は、G1作品に登場していたサイバトロン副官マイスター（海外名ジャズ）の陽気な音楽好きという設定から来たものと思われる。 
吹替を担当した楠は過去のトランスフォーマー作品にも参加している。 
変形車種：ゼネラルモーターズ （GM） ・GMC・トップキック C4500 4WD クルーキャブ （ピックアップトラック） 
オートボットの武器担当技術兵。オートボットではオプティマスに次ぐ古参の戦士だが、その割には短絡的な行動が目立ち、何かというと銃口を向ける。だが観察眼に優れ、戦闘に関しては誰からも頼りにされている。人間に対する認識が低く、「野蛮な種族」と言い放つ場面もある。 
武器は両腕に装備されたキャノンで、砲弾や地面を這う衝撃波、さらに設定によれば融解金属や液体窒素の発射も可能な万能兵器である。スタースクリームのミサイル等の攻撃を受けても目立った損傷が見られないなど（一緒にミサイルを食らったバンブルビーは両足を失った）オートボットの中でもかなり頑丈な装甲を持ち、CGイラストなどではマスクを装着しているものもある。 
G1作品に登場したサイバトロン戦士のアイアンハイドの設定と(外見を除けば)ほぼ同一だが、歴戦の戦士という立場や血気盛んな性格がより前面に押し出されている。なお、本来は彼ではなく女性トランスフォーマーのアーシーが出演予定だった。 
ちなみに彼の「幸運を試すか?（You feeling lucky, punk?）」のセリフは『ダーティハリー』のオマージュである。 
変形車種：ゼネラルモーターズ （GM） ・ハマー・H2・救急車 
オートボットの軍医兼科学者。全てのオートボットはもとより、敵であるはずのディセプティコンを治療したこともある献身的な人物。 
武装は両腕に格納されたマシンガン（セクター7の増援を迎撃するシーンでのみ、二丁共に構えている）と、左腕が変形する回転ノコギリ。修理能力を持つ光線銃も装備している。また嗅覚にも優れ、人間には感知できないフェロモンなども察知できるが、このせいで初対面のサムとミカエラにデリカシーの無い発言をしてしまい、気まずい空気を漂わせた。 
G1に登場したラチェットは本作と同じくサイバトロンの看護員であり、G1アイアンハイドと同型のワンボックスカータイプの救急車に変形したが、今作でラチェットが変形するハマー・H2型のレスキュー車は現実には存在せず、ハマーをレスキュー車仕様に改造した架空の車種である。 

ディセプティコン
軍団名の「ディセプティコン」は「欺瞞の民」「反逆者」の意味を持つ。
メガトロン 
声：ヒューゴ・ウィーヴィング/日本語版：中村浩太郎 
変形形態：エイリアンジェット 
全宇宙の支配を企むディセプティコンのリーダー。玩具CMでは「ディセプティコン破壊大帝」と紹介される。キューブを追って古代の地球に飛来したが、北極海に沈没して凍結し、そのまま仮死状態となっていた。一般のトランスフォーマー達とは違いスパークではなく、さらに強力な“パワーコア”をエネルギー源としており、絶大な戦闘力を発揮する。 
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武装は右手に収納しているチェーンメイスと、両腕を合体させたフュージョンカノン（ただし片腕でも使用可能）。また、ロボットモードでも飛行能力を有し、翼を広げて玩具のデザインに類似した形態をとる（ジャズを連れ去るシーンで確認できる）。 
時を経てアーチボルト・ウィットウィッキーによって発見され、セクター7が冷凍状態のまま保管してNBE-1 (Non Biological Extra-Terrestrial-1) （非生物型地球外生命体1号）と名付け、彼の身体の構造を解析して人類の科学技術の発展に利用していたが、フレンジーによって解放。オールスパークの獲得に乗り出す。 
G1に登場したメガトロンとは相違点が多く、外見や変形形態はもとより性格も冷酷で奸智に長けた策略家であるG1メガトロンに対し、今作ではパワーに身を任せた暴君として描かれている。その為、むしろガルバトロンに近い。ただし、顔のデザインはファンから意見を参考にしてG1に近い顔立ちになっている。また、前述の武器やスタースクリームを叱り付ける場面など、G1のキャラクターを意識した描写も多い。 
当初、英語版の声優はアニメシリーズと同じフランク・ウェルカーも候補に挙がっていたが、本作でのメガトロンに声のイメージが合わずウィーヴィングが演じることになった（ただし、その後に発売されたゲーム版ではウェルカーが演じている）。同じく日本語版のメガトロン役であった加藤精三も、今の自分にメガトロンを演じられる自信が無いとして辞退している。 ]]>
      
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   <title>元禄赤穂事件</title>
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   <published>2009-02-10T04:52:53Z</published>
   <updated>2009-02-10T04:55:00Z</updated>
   
   <summary>元禄赤穂事件（げんろくあこうじけん）とは江戸時代中期に発生した主君仇討ち事件であ...</summary>
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      <name>リトルジョウカーの日記</name>
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      <![CDATA[元禄赤穂事件（げんろくあこうじけん）とは江戸時代中期に発生した主君仇討ち事件である。一般には忠臣蔵の名称でも知られるが、この名称は本来、事件を基に脚色した演劇等の総称である。曾我兄弟の仇討ち、伊賀越えの仇討ちと並んで“日本三大仇討ち”と称される。
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元禄14年3月14日（1701年4月21日）に江戸城中で赤穂藩藩主の浅野内匠頭長矩が高家旗本の吉良上野介義央に対して遺恨有りとして殿中刃傷に及ぶが、討ち漏らして切腹処分となった。その後、浅野の遺臣である大石内蔵助良雄以下赤穂浪士47士が翌15年12月14日（1703年1月30日）に吉良屋敷に討ち入り、主君に代わって吉良上野介を討ち果たし、その首を泉岳寺の主君の墓前に捧げたのち、幕命により切腹した。この一連の事件を指す。

江戸城外観元禄14年2月4日（1701年3月3日）、江戸下向が予定されていた東山天皇の勅使柳原資廉（前の権大納言）、高野保春（前の権中納言）ならびに霊元上皇の院使清閑寺熈定（前の権大納言）を接待するために幕府は勅使饗応役として播磨赤穂藩主の浅野内匠頭長矩、院使饗応役として伊予吉田藩主の伊達左京亮村豊をそれぞれ任じた。両名の指南役は高家の筆頭格である高家肝煎吉良上野介義央であった。

勅使、院使は3月11日（同年4月18日）に江戸（現東京都）に到着し、幕府の伝奏屋敷（現千代田区丸の内1-4日本工業倶楽部）に入った。浅野内匠頭もこの前日には伝奏屋敷入りしており、以降数日間にわたり吉良の指南を受けながら勅使の饗応にあたるはずであった。勅使たちは翌12日（4月19日）には江戸城へ登城の上、将軍徳川綱吉に勅宣、院宣を伝奏。また13日（20日）には猿楽能を観賞している。

14日（21日）、この日は勅使、院使が江戸城に登城して将軍綱吉が先の勅宣と院宣に対して返事を奏上するという奉答の儀式が執り行われる予定になっていた。しかし同日巳の刻（午前10時ごろ）、江戸城本丸御殿松之大廊下（現在の皇居東御苑）において吉良上野介と旗本梶川与惣兵衛頼照が儀式の打合せをしていたところへ、突然、浅野内匠頭が吉良上野介に対して脇差による殿中刃傷に及んだ。吉良上野介は額と背中を斬られるが、側にいた旗本の梶川与惣兵衛頼照がすぐさま浅野内匠頭を取り押さえ、また居合わせた品川豊前守伊氏、畠山下総守義寧ら他の高家衆が吉良を蘇鉄の間に運んだ。梶川がのちに記したところによると浅野はこの際に「この間の遺恨おぼえたるか」という叫びとともに斬りかかったという。

捕らえられた浅野は幕府目付の多門伝八郎重共と近藤平八郎重興の取調べを受けたが、多門の記すところによれば、浅野内匠頭は「幕府に対する恨みは全くない。ただ吉良には私的な遺恨がある。だから己の宿意をもって前後を忘れて吉良を討ち果たそうとした」と答えている。一方、外科の第一人者である栗崎道有によって傷口を数針縫いあわせ、軽傷ですんだ吉良上野介は、目付の大久保権左衛門忠鎮、久留十左衛門正清らから尋問を受けたが、「拙者は恨みを受ける覚えは無い。内匠頭の乱心であろう。またこの老体であるから、何を恨んだかなどいちいち覚えてはいない」と主張した。将軍徳川綱吉は朝廷との儀式を台無しにされたことに激怒し、浅野内匠頭を即日のうちに切腹、赤穂浅野家の断絶を命じた。吉良上野介に対しては、殿中をはばかり手向かいしなかったことは殊勝であるとして何の咎めもなかった。

大名が即日切腹というのは異例のことで、目付多門伝八郎も遺恨の内容などについてもっと慎重な取調べが必要だと訴えたが、側用人柳沢出羽守保明に退けられた。綱吉が切腹を急いだのは、勅使や院使たちに対して自らの天皇への忠誠心をアピールして、母である桂昌院最大の念願である従一位叙任を取り消されないようにするためだったとされている。

浅野内匠頭は芝愛宕下（現東京都港区新橋4丁目）の田村右京大夫建顕（陸奥国一関藩）屋敷にお預けとなり、庄田下総守安利（大目付）、多門伝八郎（目付）、大久保権左衛門（目付）らが到着して浅野内匠頭を呼び出したのが六つ過（午後6時過ぎ）、切腹は六つ半（午後7時前後）とされている。

 幕府の処分決定
幕府は翌15日（22日）、浅野内匠頭の弟で養子に入っていた浅野大学長広を閉門処分とした。また浅野内匠頭の従兄弟にあたる美濃国大垣藩主戸田采女正氏定、大垣新田藩主戸田弾正忠氏、武蔵国岡部藩主安部丹波守信峯、旗本安部小十郎信方、浅野美濃守長恒、浅野左兵衛長武らを遠慮（江戸城登城禁止処分）とした。

播磨国竜野藩主脇坂淡路守安照と備中国足守藩主木下肥後守公定の両名には赤穂城収城使を命じ、また収城目付に旗本荒木十郎左衛門政羽と榊原采女政殊を任じた。この役目は当初、日下部三十郎博貞の予定だったが、日下部は浅野家の遠縁にあたるので榊原に変更された。18日（25日）には、しばらく天領となる赤穂の統治のために幕府代官石原新左衛門正氏と岡田庄大夫俊陳の赤穂派遣が決定した。

 赤穂藩への急報
赤穂藩に報が伝わったのは19日（26日）卯の刻（27日の日の出前）であった。江戸からの第一の急使早水藤左衛門満尭と萱野三平重実が赤穂城内にある筆頭家老大石内蔵助良雄の屋敷に到着し、浅野内匠頭が吉良上野介に刃傷に及んだという浅野大学からの書状を届けた。内蔵助はすぐさま赤穂にいる200名ほどの藩士全員に登城命令を出した。当時、国許にいた赤穂藩浅野家重臣は以下のとおり。

筆頭家老…大石内蔵助良雄（1500石） 
末席家老…大野九郎兵衛知房（650石） 
番頭…岡林杢之助直之（1000石）・、外村源左衛門（400石）、 伊藤五右衛門（430石）、奥野将監定良（1000石）、玉虫七郎右衛門（400石） 
足軽頭…川村伝兵衛（400石）、八島宗右衛門（300石）、進藤源四郎俊式（400石）、小山源五左衛門良師（300石）、佐藤伊右衛門（300石）、（江戸から急使として原惣右衛門元辰（300石）、浅野家飛領の加東群から吉田忠左衛門兼亮（200石）もこの後着穂） 
持筒頭…藤井彦四郎（250石）、多川九左衛門（400石） 
槍奉行…稲川十郎左衛門（220石余）、萩原兵助（150石）、小林治郎右衛門（150石） 
用人…田中清兵衛（300石）、植村与五左衛門（300石）、 
大目付…間瀬久大夫正明（200石役料10石）、 田中権右衛門正形 （150石役料10石） 
中小姓頭…多儀太郎左衛門清具（200石）、大木弥市右衛門（500石）、 
歩行小姓頭…中沢弥右衛門（300石）、月岡治右衛門（300石） 
家中がそろったところで、急報を末席家老大野九郎兵衛知房が藩士達に読んで聞かせた。この大学の書状には吉良の存命については何も書かれておらず、藩士たちは内匠頭が吉良を討ち取ったと思い込んでいたとされる。内蔵助は、これだけでは詳細が何も分からないということで、午後1時頃、萩原文左衛門（100石）と荒井安右衛門（15石5人扶持）を江戸へ派遣した。酉の刻（午後7時頃）、足軽飛脚による第2の急使が赤穂に到着する。これにも刃傷事件の発生以外は書かれてなかった。さらに戌の刻（午後11時頃）、原惣右衛門元辰と大石瀬左衛門信清による第3の急使が到着して内匠頭切腹の情報が伝えられたが、吉良の生死や赤穂藩の改易については相変わらず何も書かれていなかった。しかし殿中刃傷を起こした家がどうなるかは予想がついたので、大石は藩札の処理を札座奉行岡島八十右衛門常樹に命じ、早くも翌20日（27日）には領内数箇所に藩札交換所を設けて六分率で交換させ、赤穂経済の混乱の回避に努めた。

22日（29日）には町飛脚の第4報が到着し、浅野大学長広お預かりの情報が伝えられた。続く25日（5月2日）には町飛脚の第5報が到着し、これには江戸の浅野家上下屋敷が召し上げられたことが書かれていた。この段階でも吉良の生死の情報はなく、いよいよ吉良の死を疑いだした内蔵助は、吉良の生死を確かめるために藩大目付の田中権右衛門を江戸へ、番頭の伊藤五右衛門を三好藩へそれぞれ派遣した。またこの日広島藩士太田七郎右衛門正友が赤穂に到着しており、翌26日（3日）にも大石内蔵助の叔父にあたる広島藩士小山孫六良速が赤穂入りしてくる。いずれも穏便に開城をという広島藩の圧力であった。

 開城か篭城か
開城か篭城かの決断を迫られた大石は、家中の意見を統一するために27日（4日）から3日間にわたって城内広間において大会議を開催した。この会議では篭城を主張する抗戦派と、開城して御家再興を嘆願すべきとする恭順派に意見が分かれて対立した。抗戦派の中心は足軽頭原惣右衛門と札座奉行岡島八十右衛門の兄弟であり、恭順派は末席家老の大野九郎兵衛が中心となっていた。この会議中の28日に第6の急使が到着し、赤穂城の収城目付が荒木政羽と榊原政殊、赤穂代官が石原正氏と岡田俊陳になった旨が告げられた。これは篭城抗戦派をより刺激し、開城派大野の孤立が深まっていった。

この頃、大石内蔵助も吉良の生存の情報を得た。内蔵助は29日（6日）に収城目付荒木政羽と榊原政殊に対して「赤穂家臣は武骨な者ばかりにて、ただ主君一人を思い、赤穂を離れようとはしません。吉良上野介様への仕置きを求めるわけではありませんが、家中が納得できる筋道をお立てください」という嘆願書を提出しようと多川九左衛門と月岡治右衛門を江戸に派遣している。しかしこの多川と月岡の両名は、荒木、榊原と小田原あたりで行き違いになり、江戸に到着後、「目付に直接手渡すように」という内蔵助の命令に背いて江戸家老安井彦右衛門に報告してしまい、安井の報告を受けた大垣藩主の戸田采女正氏定の「穏便に開城するように」という書状を持って帰ってくるだけに終わっている。

親族の大名家からは連日のように穏便に開城をという使者が派遣された。28日（5日）には大垣藩主の戸田氏定家臣の戸田源五左衛門、植村七郎左衛門、29日（6日）には広島藩主浅野安芸守綱長家臣の太田七郎左衛門正友、4月1日（8日）には三次藩主浅野土佐守長澄家臣の内田孫右衛門、6日（13日）には戸田家家臣の戸田権左衛門、杉村十太夫、里見孫太夫、8日（15日）には戸田家家臣の大橋伝内、9日（16日）には広島浅野家家臣、井上団右衛門、丹羽源兵衛、西川文右衛門、11日（18日）には戸田家の高屋利左衛門、村岡勘助、広島浅野家の内藤伝左衛門、梅野金七郎、八木野右衛門、長束平内、野村清右衛門、末田定右衛門、12日（19日）には戸田家の正木笹兵衛、荒渡平右衛門、三次浅野家の永沢八郎兵衛、築山新八が赤穂を訪れた。

こうした中で大野と原兄弟の対立はますます激化した。藩金分配についても原兄弟が下級藩士に厚い累減率の配分を主張したのに対し、大野が禄高順の分配を主張したので紛糾した。筆頭家老の大石が原兄弟の意見に賛同したため、最終的には下級藩士に厚い配分をすることに決まった。しかも配分に当たって大石自らは分配金受け取りを辞退したので、藩士たちの支持を集めた。

一方で孤立の深まる大野は4月12日夜、子息の群右衛門とともに赤穂から逐電する。赤穂藩改易騒ぎのどさくさで岡島八十右衛門の部下の小役人たちが金銀を盗んで逃げだした事件を捉えて、大野が「岡島も一味に違いない」と吹聴し、岡島が激高したのが直接の原因だったともされる。

大野が赤穂から去ったことで赤穂藩の命運は大石内蔵助が一手に握ることとなった。大石は、内心では開城してのお家再興派だったが、これを主張すれば収まりがつかないと考え、最初は篭城を主張して原惣右衛門ら篭城派の支持を獲得した。次いで藩士一同の殉死を主張、最後には吉良への仇討ちを前提とした開城へと誘導し、浅野家中は開城に意見がまとまる。

大石内蔵助は切腹に同調した藩士80人～60人（神文血判を提出した人数は文献によって異なる）それぞれから誓紙血判を提出させて義盟を結ぶが、番頭は奥野将監定良を除き血判を提出していない。足軽頭は八島宗右衛門を除いて全員が血判を提出した。

赤穂城開城
 
赤穂城本丸門赤穂城は開城されることとなり、内蔵助らは15日（22日）に到着した収城目付荒木政羽と榊原政殊を迎えた。内蔵助はこの2人と会見し、「病になった」とされる大野九郎兵衛に代わって組頭奥野将監定良を家老代理にすることの許可を得る。17日（24日）には代官の石原正氏と岡田俊陳も赤穂に到着し、18日（25日）にはこの4人による赤穂城検分が行なわれたが、この際に内蔵助は3回にわたって浅野内匠頭の弟浅野大学長広をもっての浅野家再興の取り成しを嘆願した。3回目の嘆願でようやく荒木政羽が浅野家再興を老中に取り次ぐことを約束したと『江赤見聞記』に記されている。同日、収城使脇坂淡路守安照率いる4,500余りの竜野藩兵が赤穂に到着し、翌19日（26日）に内蔵助は赤穂城を無血開城した。明渡しに際しての内蔵助の対応は、実に見事なものであったといわれる。

赤穂城開城後、大石内蔵助や吉田忠左衛門ら藩士の一部は遠林寺に入って、5月21日（6月26日）まで藩政残務処理に追われた。 この間の5月5日（6月10日）には早水藤左衛門と近松勘六の二名を高野山に登らせて、奥の院御廟橋の近くに浅野長矩の墓を建立させている。

残務処理が終わった後も内蔵助は腕にできた腫れ物の療養のため赤穂に滞在している。この間も御家再興運動を積極的に行っており、原惣右衛門らを大坂へ派遣して広島藩浅野家の家老、戸島保左衛門と会見させたり、遠林寺の住職祐海を江戸に遣わして将軍徳川綱吉やその生母桂昌院に影響力が大きい隆光大僧正らに会見させるなどした。また先に浅野家再興の嘆願を取りなして欲しいと依頼した荒木政羽も、江戸に戻ってから老中や若年寄に取り成しを行ってくれた。荒木は6月9日（7月14日）に赤穂浅野家分家筋の旗本浅野長恒の屋敷を訪れて、「浅野家再興の見込みあり」の旨を内蔵助に伝えて欲しいと伝言している。

12日（17日）、腫れ物がおさまった内蔵助は生まれ故郷の赤穂を後にすることとなる。

刃傷直後の江戸藩邸の動き
刃傷事件のあった元禄14年（1701年）3月14日（4月21日）に江戸にいた赤穂藩重臣は次のとおり。

藩主世子…浅野大学長広（3000石） 
江戸家老…安井彦右衛門（650石江戸扶持9人半） 
藩主供奉家老…藤井又左衛門宗茂（800石） 
足軽頭…原惣右衛門元辰（300石）（ただしすぐに赤穂へ立つ） 
用人…奥村忠右衛門（300石）、糟谷勘左衛門秀信（250石） 
大目付…早川宗助（200石役料10石） 
江戸留守居…建部喜六（250石）・近藤政右衛門（250石） 
側用人…片岡源五右衛門高房（350石）、礒貝十郎左衛門正久（150石）、田中貞四郎（150石） 
浅野内匠頭の弟であり、兄の養子に入っていた浅野大学長広は刃傷発生を知ると即刻伝奏屋敷（現在の東京都千代田区丸の内1-4日本工業倶楽部）から鉄砲州の上屋敷（現在の東京都中央区明石町聖路加国際病院）に駆けつけたが、浅野内匠頭の正室の阿久里（後の瑤泉院）から上野介の生死について問われても答えられないほど狼狽していたとされる。浅野内匠頭の母方の従兄弟に当たる美濃国大垣藩主戸田采女正氏定も自ら鉄砲州上屋敷へ駆けつけてきた。さらに幕府からも目付の近藤平八郎重興と天野伝四郎富重が上屋敷に送られてきて、浅野大学や家老藤井又左衛門宗茂に屋敷内の騒ぎを取り沈めるよう命じている。

戸田氏定は上屋敷を出た後、その足で伝奏屋敷に入り、浅野家の家財を運び出すなど撤収を指揮した。この撤収に当たっては原惣右衛門元辰が迅速に行うなど働きがあり、幕府目付を感服させたという。

未の刻（午後2時頃）、浅野大学長広は書状を国家老大石内蔵助にしたためて、早水藤左衛門と萱野三平を第1の急使として赤穂へ派遣した。

また申の下刻（午後5時頃）には一関藩田村家より浅野内匠頭の遺体を引き渡したいから家臣を送るようにという使者が浅野長広に伝えられた。これを受けて片岡源五右衛門、礒貝十郎左衛門、田中貞四郎、中村清右衛門、糟谷勘左衛門、建部喜六らが田村邸へ入り、内匠頭の遺体を引き取った。彼らはそのまま泉岳寺へ向かい、同寺で内匠頭の葬儀を執り行ったが、大名の葬儀とは思えぬ淋しいものだったとされている。この後、片岡源五右衛門や礒貝十郎左衛門らは、浅野内匠頭の墓前で髻を切って吉良上野介の首級をあげることを泉下の主君に誓った。

亥の下刻（後午11時頃）頃、上屋敷において阿久里が落髪。さらに3月15日（4月22日）に入った深夜頃から略奪を目的に町人が大勢群集して浅野家の鉄砲洲上屋敷裏口に乱入するようになる。大垣藩戸田家から送られてきていた警備兵たちや堀部安兵衛武庸らが刀を持って追い払い、さらに翌朝には本家の浅野安芸守綱長にも警備の兵が依頼されて、小堀新五右衛門（大番物頭）が指揮する広島藩兵（足軽50名・小人30名）が到着し、上屋敷は治安を取り戻した。

この騒ぎの最中の阿久里が実家である三次藩の前藩主浅野長照（藩主浅野長澄は国許三次にいた）が阿久里を引き取るべく、幕府の許可を得たうえで大橋忠兵衛孝次（同藩先手頭）木村吉左衛門定重（同藩持筒頭）らを上屋敷に派遣してきた。阿久里はこの者たちに警護されて三次藩の赤坂今井邸（現東京都港区赤坂六丁目氷川神社）へと移っていった。3月15日（4月22日）にはいった丑の刻（午前2時頃）頃のことといわれる。

3月16日（4月23日）中に家財の積み出し作業も終わって赤穂藩士は全員鉄砲州の上屋敷から引き払い、申の刻（午後4時頃）には広島藩兵たちも引き上げて、戸田采女正氏定がひとまずの管理者となったが、3月17日（4月24日）には同屋敷は新しい主となった出羽国新庄藩主戸沢上総介正誠に引き渡され、さらに3月22日（4月27日）には小浜藩主酒井靭負佐忠囿の屋敷となった。

赤坂南部坂（現東京都港区六本木一丁目）にあった下屋敷のほうも3月18日（4月25日）には藤井又左衛門・富森助右衛門から人吉藩主相良遠江守長在へ引き渡された。また本所屋敷は当初鉄砲州上屋敷から運び出した品を収納していたが、それも随時運び出して、3月22日（4月27日）には安井彦右衛門から加藤遠江守泰恒（伊予国 大洲藩主）に引き渡された。

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